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私の記憶に間違いがなければ、 FREEという言葉を日本語に翻訳したのは福沢諭吉です。 彼が開いた「一小家塾」は、今日の慶應義塾大学の淵源となっています。 その彼はFREEを「自由」と訳しました。 おそらく、英語のFREEに相当する日本語がなかったのだと思います。 そこで「自由」という言葉を作りました。 しかし、彼が意図した「自由」とは自分の好き勝手にすることではありませんでした。 彼が意図した「自由」の言葉の意味は、「自らを由し」とすることでした。 自分自身で、自分自身を由しとすることですが、 確固たる自分自身がなければ非常に難しいことです。 自分自身を客観的にみること、判断することができなければ、 「自らを由しとする」ことはできません。 「由し」とする基準によっても大きく変わってきます。 そしてなによりも、 人はだませても自分自身はだませません。 人はごまかせても自分自身はごまかせません。 ここに「自らを由しとする」意味の重みを感じます。 正直、「自らを由しとする」ということは それまで耳にしていた『自由』の言葉のイメージを一新するものでした。 ちょうど大学生の時期でしょうか。 好き放題にできる時期に聞いたこの言葉は少なからず衝撃的でした。 いつか、子どもたちが反抗期を迎えることと思いますが、 自立していく子どもたちにこの言葉の意味だけは伝えたいと思っています。 1万円札を見ていたら、 この話をふっと思い出して、いろいろと考えました。 |